アンコールワット旅行記
二日目午前中 パンテアイ・スレイ 3月14日
アンコールパスを胸に、バスに乗り込んだ。僕の乗った3号車は総勢26名である。パスといっても、日本でいうマイクロバスみたいな感じ(韓国製)なので、26人乗るとほぼ満席になってしまう。エアコンは付いているけど、性能があまり良くないのか、外の温度が高すぎるのか、パスの中でもタオルが手放せない(^^;

午前中出かけるバンテアイ・スレイ遺跡は市街地より北東にある少し離れた遺跡である。なぜ、最初からアンコールワットの遺跡に行かないのかは、旅行記を読んでいくに従って判っていく・・・たぶん(笑) 市街地の中は、舗装もしっかりしていて、バイクと自転車が多いことを除けば日本とあまり変わりない。と思っていたら大きな間違いであった。カンボジアは日本とは逆で右側通行である。交差点で左折するんだと思ったら、前からバイクが来ようが、自転車が来ようと、どんどん曲がっていくのである。日本では、対向車が無くなってから曲がるが交差点のルールである。しかし、ここでのルールは「大きな車が優先」ということである。バイクは車に道をあけなくはいけないし、自転車もそうである。日本では一番保護されている歩行者は、ここでは一番下位に位置する立場である。車やバイクにぶつかっても、歩行者の方が気を付けないから悪くなってしまう。そのため、道路を渡るたびに緊張感を強いられてしまった。車が止まってくれるだろ、とかよけてくれるだろうという甘えはここでは通用しない(笑) ただ、唯一悠々と道路を渡れるのは、牛や水牛である。

市街地を抜けると、道は道幅1車線になって、舗装も簡易舗装になってしまった。年代物のバスではスピードを出すと揺れが凄いので、あまりスピードを上げることも出来ない。途中一箇所、検問所があって、首から下げているアンコールパスを、全員掲示した。

レリーフ市街地から約50分でバンテアイ・スレイ遺跡に到着。バスから見たから、露天の回りにたくさんの子供がいたので、これは物売りの子供だなって身構えてしまった。実際、バスから降りたら、年配の人の回りにはたくさんの子供が集まって来た。アクセサリーを売るのは女の子、写真集や絵はがきを売るのは男の子と役割分担が出来ているようである。幸いなことに、お金がなさそうな(実際そうだが)格好をしていた僕にはあまり寄ってこない。このあたりは、売り慣れている子供達である(笑)

バンテアイ・スレイ遺跡はヒンドゥー教の寺院である。アンコールワット周辺の遺跡は、その時代の国王が崇拝した宗教によって立てられた寺院が異なってくる。先代の国王が仏教を信仰していたとしても、次の国王が仏教を信仰するとは限らないのである。ヒンドゥー教になってしまうかもしれないのである。そのため、仏教寺院が、ヒンドゥー教の国王によって破壊された事もあるし、その逆もあった。

レリーフバンテアイ・スレイ遺跡は、「女の砦」という意味だそうである(ガイドブック参照)遺跡としては、小さい方だが、レリーフがとても綺麗で、見ていても飽きない。レリーフの彫りが深くて「東洋のモナリザ」と呼ばれるレリーフもある。 写真を見てくれれば判るけど、本当に丁寧に彫ってある。1000年以上もたっているレリーフとは思えないほど、しっかりと保存されている。

レリーフ寺院の中は、復旧事業がされていて、入ることは出来ない。外側から見るけど、壁一面に彫られている彫刻もすばらしい。

で、なぜこのバンテアイ・スレイ遺跡に午前中に来たかであるが、正門は東に向いていて、寺院に向かって西に進むのである。つまり、午前中は順光で寺院を見ることが出来るのである。アンコールワットの寺院は、東西、どちらかに向かって建っている。東向きに建っている寺院は、午前中に行くと、順光になるし、西向きに建っている寺院は午後行けば順光になる。それを考えて、遺跡に行く時間を考えているのである。

小さな寺院であるので約1時間もあれば一回りすることが出来る。説明は、現地の日本語の出来るガイドがしてくれる。丁寧に説明をしてくれるが、聞いている時は、フンフンと思っていたが、何カ所も回るうちに最初の方のことは全て忘れ去れてしまっていた(笑)

寺院を出たところでバスが待っているが、またしても物売りの子供の攻撃を年配の人達は受けている。僕はその横を通り過ぎてバスに乗り込んだ。来た道をそのまま帰って、シュムリアップの市街へ戻って昼食会場へ向かった。

おまけ バンテアイ・スレイ遺跡1 バンテアイ・スレイ遺跡2 バンテアイ・スレイ遺跡3

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